ではなぜ、兵庫県立青雲高等学校通信制に通ったのか

まあ、夫婦喧嘩は犬も食わぬと申します。そんなわけで、子はかすがいと申しますが、かすがいが僕だけだったので、何人か兄弟がいれば、かすがい的にも強力なのですが、高校3年の夏休みに、またぞろ気管支喘息を極度にこじらせて、重責性気管支肺炎(マイコプラズマ感染症)に陥って、夜間救急センターに着いた頃には、脈拍・血圧とも大変に低下しており、まあ、死にかけました(苦笑)

そのため、忘れもしない千葉工業高等学校の体育教師・岡野が、単位をくれなかったために、留年をせざるを得ない状況に追い込まれ、今ならば裁判で訴えれば完全に勝てるわけですが、当時まだ、そんなに訴訟社会ではなかったので、泣き寝入りです。

国立病院機構千葉医療センター(国立千葉病院)に入院し、その後、退院しても、家に引きこもっていたわけです。なんだか、合わす顔がなく、授業にもついていけず、夫婦喧嘩はエスカレートする一方でして、もうちょっと、心身症に近い症状に陥っていたわけです。

諸般の事情により、自分から都落ちする形で、母親の故郷に引っ越して、早速、この通信制高校に入学したのですが、工業科で取る単位は、必ずしも普通科の単位に換算できず、72単位、3年次からのスタートになり、結果、卒業時には80単位を上回る84単位を、震災のどさくさ紛れで取ることに成功したのですが、なぜか、ちょっとやってみようかな、と思った簿記会計の単位がいつの間にか取れていたり、あんなに足りなかった体育の単位も全部免除され(学校が、神戸市長田区にあったもので、阪神大震災の影響で、付近の道や、神戸高速鉄道まで崩れているので通学には危険を伴う旨の学校長命令による自宅待機が続いていたため)4年次には学級委員長に立候補し、文化祭ではクラスの催し物として「震災復興バザー」を行ったため、学校長表彰を受けた経験があるのです。

不幸はあざなえる縄の如くとか、人生に無駄はないんだよ、ということも経験し、なんだか、ここまでお話しても、難儀な人だなあという印象を抱かれたと思いますが、ここからまた、放送大学・企業経営&ベンチャー(専科履修生)や、ポリテクセンター兵庫(情報システムサービス科など)を受けた、向上心というか、負けん気が強いのですが、身体の弱さがまだあったので、根性に身体がついていっていないことがままあり、よくぞまあここまで頑張った。自分で自分を褒めてやりたい気分になってくるのは、致し方ないことでしょうね。ではでは。

ネットウイングス 設立準備室 代表 田所憲雄 拝

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