横尾商店4代目として、親父の妻をひとり面倒見ていたのです

あまりこれは、身内の恥になるし、あまり積極的に言いたくはないのですが、ちょっと備忘録的に書いておきたいことがあるのです。親父が「性生活ができなくなったから」というだけの理由で捨てた親父の女房をひとり引き取って面倒を見て来ました。20歳ごろからずっと。僕が母の面倒を見なければならない。ここで、母をひとり、兵庫県尼崎市に捨て置いて、関東地方に出稼ぎに行くことは、世帯主として住宅を借りている都合上、また、世帯主として「保護責任者遺棄致死罪」だけは絶対に避けなければならない。なので、母を食わせて行く。そのためには、多少なりとブラック企業であっても、辛抱して、我慢して働いた結果、ついにおかしな頭痛から、神経症状を発症せざるを得なくなったのです。そして今は、社会復帰が著しく困難になってしまった。おいそれとは治りがたい病気になってしまった。心を病んでしまった、普通の人なんです。そういうことです。

この老いた親をひとり尼崎市に残して「おう、俺は東京に出稼ぎに行ってくる」とは言えなかったですし、この人、一時バセドー氏病で褥瘡ができるほど寝たきりでしたし、痴呆が進んでいくほどに本性が表れて、腕に爪を立ててまで金銭を要求したのです。言いたくはないですが、もともと関西人だった押しの強い母から、軽い恐喝に遭っていたと言っても過言ではないのです。何かあれば、おカネちょうだい、おカネちょうだい、これだけでも参ってしまいます。おカネがないのに。確かに女性は男性に比べて何かとおカネがかかるのは致し方ない面もあるのですが、痴呆が混じって来るたびに、それがエスカレートしたのです。

昔の話になりますが、横尾照雄(父)が心筋梗塞で八幡西区の辻村医院に緊急入院したときのこと。日本生命相互会社から心筋梗塞の治療費として支給された1,200万円(昭和40年代当時)を、全額手伝いに来た親戚にばらまいた経緯があり、病床の父はどうしたかというと、赤電話までたどり着き、当時専務をしていたスラッグウール工業所(現:新日本熱学)経由で銀行(当時の三井銀行?)から同額の緊急融資を受けたというエピソードから分かるように、うちの母はおカネのために結婚したようなもので、このような経緯から、熟年離婚したのは至極当然の結果だったのです。

そして、つい最近、3~4年前、ついに、母と自宅でもみあいの喧嘩になって、電話で急行した尼崎市社会福祉協議会・武庫西包括支援センターの職員の仲裁が入り、わたくしは軽いドメスティックバイオレンス扱いにされ、母は最初近くの老人ホームに入り、やがて羽曳野市の老人ホームに入り、現在は自分の年金で暮らしています。僕はというと、客観的に見れば、ドメスティックバイオレンス扱いだったので、兵庫県尼崎市の本庁のある職員さんを通さないと意思の疎通ができない。会うことも許されない。健康状態もよく解らない。詳しくは知らないんですが、母に成年後見人(後見)がついているそうです。弁護士さんかどなたかですね。堺市になるそうですが。

また、就労支援A型事業所も、いいところもあれば、職安が問題視するぐらいの悪質なところもあり、法スレスレ、最低賃金同様で雇用する悪質な業者につかまって、交通費は出ないわ、昼飯代も借金で賄わざるを得なくなり、民事・労基署両面で訴えようとしたのですが、証拠不十分で却下され、結果、わたくしが背負い込むことになって、今回の債務整理に至るのです。

まず、親父が捨てた母を捨て置けない環境にあり、転職環境も首都圏に比べて限られる中で、機首上げ、機首上げで頑張って来ましたが、もう限界です。助けてください、今から墜落しますので、救難信号を発します、としか申し上げようがないのです。尼崎市の福祉も「田所さんは今まで大変な人生を歩んできたのだから、暫く休んでください、なお、福祉にいる以上は、債務を整理してきれいにしてください、それが前提条件です」と言われ、休んでくださいと言われても、毎日気が全然休まらない状況の中で、独り、孤独死しないか、いつの日か腐乱死体で発見されないようにだけはしよう、自分の人生だから、頑張って生きよう。いまそのように思っているのです。就労支援A型事業所在籍の分際でカネを借りるほうも悪いけど、福祉を承知で貸し付ける貸金業者も同じぐらい悪い。いわば、どっちもどっちです。でも、貸してくれた人には、申し訳ない気分で一杯です。

横尾商店の4代目は、親父のしりぬぐいに始まり、母親のしりぬぐいに終わろうとしています。スラッグウール工業所をつぶしたのは、わたしではない。東京電機大学を出る予定を大幅に変更せざるを得なかったのも、わたしのせいではない。かつて父親にしたように、僕に軽い恐喝をした母親の行動は、わたしのせいではない。「性交渉が困難になったため」母親と離縁をした親父の動機についてはわたくしのせいではない。父親が死に際に新小岩の病院で、済まなかったと涙を流されても、もうどうしようもない。出ていけと言った方が悪いに決まっているし、死に際にそれを責めるのは良くないことだとわたくしが認識していたので、あまり責めずにおきました。責めたところで詮無い話だからです。映画も見られなければ、テレビジョン契約も断って受像機を処分した。レジャーはおろか、肉や野菜すら満足に食えない。それを自己責任だ、お前が悪い、の一言で片づけて良いものかどうか。

三代目は滅ぶと申しますが、四代目はお家再興に奮闘努力してきましたが、ちょっともう、暫くお休みを頂戴しないと、自分自身が潰れてしまう。何度となく阪急神戸線の特急電車に飛び込んで鉄道自殺を考えた時期もあり、何度となく「関西いのちの電話」にかけたこともあります。さびしがり屋で、甘えん坊でも、むすっとして口に出さなければ、誰にも分からない。叫びだしたい気もちを酒やたばこで抑えることもできずに、心療内科系の薬で抑えている。眠れない夜が続きますが、睡眠薬を飲んで耳栓をして、ようやく眠ります。どこに怒りをぶつけて良いかわからないので、食器やコップがずいぶん少なくなりました。なぜなら、怒りに任せて軽家具にたたきつけて割ったからです。それは、本当に全部が全部わたくしのせいなのでしょうか。わたくしがこれ以上責め苦を負うことは、わたくしに死ねということと同義です。まだわたくしには、この世に未練があります。やりたいこと、かなえたい夢があるのです。

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