今だから白状できるアンビリーバブルなサポート体験

1)2台でWindows2000のActive Directoryを組んでいて、ドメインフォレストのPC(自作機)が壊れたために、親機子機のデータいずれも取り出せなくなったという体験

これには大汗かきました。今のように、リカバリディスクも、システム復旧のためのDVDや外付けハードディスクもなかった時代の話です。西宮市にある不動産会社でした。ご夫婦でやっているらしくどうも、パソコンが動かない。来てくれないかと言われて行ったところ、普通の「Windows ファイルとプリンタの共有」(SMB1.0, 2.0)ではない方法で、2台のパソコンが結びついていると。販社的には自作機は面倒が見られないのですが、今回は特別にというわけで行ってみると、なんと、1台の自作機で Windows 2000 Server が動いており、クライアント機は、Windows 2000 Professional であったと。血の気が引きました。なぜなら、ピラミッドの頂上にある、ドメインフォレストのてっぺんが壊れると、そして、複数台でレプリケーションしていなければ、その自作機が潰れた場合、復旧が全然できない、たとえマイクロソフトの技術者や、HDDリカバリの会社であったとしても、復旧は誰にもできない。もう、入っていたデータは諦めてもらわないと、これはしょうがない。

2)文字通りお局様が拵えた「スター型トポロジー」の無線LAN??

これは、元ジャストシステム勤務のお姉さんと一緒に赴いて、腰を抜かしたのですが、ログハウスの会社であったと。で、お局様の話によれば、無線LANが入っていると。じゃあ、NICだけ持っていけば楽勝だね、とたかをくくっていたのですが、現場について、まず驚いたのが、確かに無線LANの機械が入っている。それには間違いはないものの、まったく無線機能が使われておらず、単にHUB、集線装置として使われており、加えて、そこからさらに、HUBが刺さっており、10本のLANケーブルがまず天井に向かって一斉に伸び、天井から放射状に各クライアントに有線LANとして配線してあるだけだった。まさに放射状、スター型トポロジー。苦笑を通り越して、腰を抜かしました。このお局様のアタマの構造をまず疑いたくなりました。普段威張り散らしているのは、コンプレックスの裏返しなのだろうかとお姉さんと世間話をし、こいつは手が付けられない。なんか根本的に間違っている。何かが。という意見で一致して、黙って何もせずに帰って来た経験がありました。

3)コンピュータウイルスを「飾って」おり、サーバーまで湧きまくって手が付けられない商社

これは、大阪市内の貿易商社だったのですが、クライアント機10台程度、サーバー1台の環境であるということで、田所、行ってきなさい、見て来なさいと言われて行ったところ、今となれば懐かしいウイルス「ニムダ」が、感染すると花の画像を表示することから、若手社員が「永久保存版」としてウイルスを「飾って」おり、まあ、全部データも元に戻せない。クライアント機のウイルス対策ソフトも、古くて契約を更新していないがために、買ったばかりの当時のままで機能不全。サーバーに至っては、マカフィーもトレンドマイクロもなんにも入っていないことから、わけのわからないファイルに覆われて、かろうじてエクスプローラーが動く状態。もう、人体に例えれば「末期がん」でしてデータの復旧もできない(ファイナルデータとかのツールもなかった時代なので)これはもう、プログラム開発会社の範疇を超えていると。ウイルス対策ソフトをご導入いただき、対策してもらうしか仕方がありませんね、というお話をボス格の方にした上で、もうここまで湧いてしまうと、感染してしまうと、手の施しようがないですね。データ滅失についての責任はあいにく持てません、と申し上げて、応急措置をして帰って来た経験がありました。ウイルス飾る。意味わかんねえ。

4)9台のパソコンで、アクセスプロバイダのメアド1個を使いまわす大阪の商社

まだ、Office Outlook とかがメジャーではなく、OS標準添付の Outlook Express が幅を利かせていた時代のお話です。今ならば「独自ドメインを何でもいいから取って、レンタルサーバーを借りて、社員各位で別々にアカウントを取得してください」と申し上げられるのですが、まだそんなに一般的じゃなかった頃、アクセスプロバイダのメールアドレスを、Outlook Express でどうしていたかというと、1~8台までのパソコンで順にメールを読み込んで行き、その際のオプションとして「サーバーから削除しない」設定にしておく。そして、全員が見終えた後で、いっせーのせ、で最後のパソコンで「サーバーから削除する」設定のパソコンでメールを読む。別にいいじゃないか、というご意見。僕は、レンタルサーバーをお勧めする気力も失せ、心の中では「大阪のあきんどは、どうしてここまでケチになることができるのだろうか」という哲学的な問いに入ってしまい、まあ、好きにしなはれという気持ちになって、それを申し上げ、すごすごと帰って来た経験がありました。この老人どもに何をどう言い聞かせたところで、レンタルサーバーをお勧めしたところで、真の理解や管理が出来ようはずもない。代替わりをして、情報システム担当者ができるまで待つしかなさそうだ、そう思った次第です。人間は、ここまでケチになれる。しぶちんになれる。そう感じた経験でした。

5)情シス候補生が、転職時に複数の会社を掛け持ち受験してはならないと信じている社長さん

これはもう、この社長さん自身が、転職活動をしたことがまったくないのではないかと疑いを持つぐらいのアタマのCPUが古い方でして「1社づつ応募するのが、絶対的な礼儀作法である」と疑わずにそれを応募者に押し付ける、考え方の古い方でして「え? いけなかったんですか? 最近は皆さんそうですよ?」と申し上げたところ、秘書めいた人と社長さんとが、激しいひそひそ話をし始めて、結局不採用になったのですが、これもいまどき、自分の会社だけが素晴らしい。二股をかける、袖にするということは、失礼に値する。確かにそういう考えも出来なくはないですが、あまりに会社本位というか、表の風に当たって来ていないというか、呆れた経験がありました。大阪の西大橋というところです。鶴見緑地線が出来たばかりの頃でした。

6)頑として、パラレルSCSIにこだわって、それが最速最強であると信じているUSB嫌いなお客さん

大阪のある電子部品商社なのですが、他の部門は全部USB化しているというのに、そのフロア長さんだけは、頑としてパラレルタイプのSCSIにこだわっている。シリアルATAも信じていない。とにかくパラレルSCSIのデイジーチェーンは最高だ! と信じて疑わない社員さんを相手に、シリアルATAやUSBの潮流を説くのは、まるで宗教を改宗させる以上の何か、といったエネルギーを使いました。なまじ、電子部品商社の社員であるというプライドや経験がそうさせるのか分かりませんが、にこやかにとても意固地なのです。そのうちなくなる規格であると何度言わせれば分かってもらえるんだろうという気持ちで充満していました。大阪市西区ですけどもね。

7)パソコンフェスタ大阪2000で出くわしたアンビリーバブルな質問者のおじさん

JUA(日本ユースウェア協会)というものが当時あり、お手伝いに、大阪ドームまで行き、設えられた「パソコン何でも質問コーナー」にスタンバっていました。1日だけ。レベル的には「電子レンジはどうやって使うねん?」程度のレベルを、そのままパソコンの世界に持ち込んだような感じで、内心みんな呆れてやる気を失っていたのですが、まあ、教えたがりの僕は、積極的に質問を受けていました。そこで、ある老境に差し掛かった男性と話をする機会がありました。さて、どんなアンビリーバブルなことを訊かれたか。「画像を壁紙にしたいんです」「それならば、モニターのデスクトップですねえ」「いや、兄ちゃん、違うんや、部屋の壁紙にしたいんです、画像を、インクジェットプリンターで」「え? それは、おススメできません。業務用のプリンターや、色が変わりにくいトナー式のカラーレーザープリンターならばともかくも、インクジェットプリンターで何枚も出していくうちに色むらが出来て来るのは、インクである以上仕方がないことであり、そうして出力した壁紙を糊で貼ると柄が滲みますし、1枚1枚の色の濃さが微妙に違っており、とても部屋に貼るにはおススメができません」と申し上げて、まあ、なんとか納得されたんですが、世の中には奇特な方がおられるんですね。市販の建材会社の壁紙でなぜ納得ができないのか、それはうかがえませんでしたが。

8)専用線引き込み経験初のヒヤリハット

それはまだ、田所がMDF(建物内終端装置)を知らなかった30歳代、ある商社にISDN128MBPSの専用線を引き込むことになりました。MDFとは、アクセスプロバイダが、回線を引き込む際にどうしても必要な施設であり、そこからメタル回線(VDSLという)で立ち上がる場合もあれば、ファイバーのまま立ち上がる場合(FTTHという)もあり、今ならば理解が及ぶのですが、当時は専用線そのものが珍しく、ましてやKDDI(当時)の回線です。116番にかけてわかろうはずもなく、携帯電話ではなくPHSを持って仕事をしていた時代だと思うので、これはしょうがないのです。「MDF荷札止め」というのは、1階にある終端装置までの配線をアクセスプロバイダに任せるものであり、それに対して、「宅内引き込み」工事は、MDFから上層階に向けて回線を立ち上げる場合に指定するものでして、自分たちで工事する能力がない場合に、アクセスプロバイダに頼んで工事を一度にしてもらうものです。これを知らなかったから、知らないということは恐ろしいことです。まあ、お客さんから「うちに回線がちょっとも来えへんのやけど」という電話や、KDDIからは「本当に荷札止めでいいのか」とか「JPNICハンドルをあなたに付与したのだが」とか「DNSの設定はまだか」という催促をされて、まだ右も左もわからない未経験者だったので、ちょっと先輩社員のヘルプを仰がないと、自分ではどうしようもない。しかも、BINDをWindowsに入れる、という経験がなかった(Linuxのみ)ので、よけいにWindows NT4 SBSを前にしてうろたえて、大汗をかきました。今ならばわかりますけどもね。

ネットウイングス 設立準備室 代表 田所憲雄 拝

ネットウイングス Netwings.JP

毎日使うものだから、コンピュータは快適でありたい。正直、情報技術はへち難しくて訳が解らない。そんなお困りごとを解決します。兵庫県尼崎市を中心に案件に応じ、クラウド等を駆使して機動的に動く、私たちはネットウイングスです。近畿初のセキュリティ専業会社を立ち上げる、それが目標です。