どうも(・∀・)ノ こう見えても、結構歴史があるんです、田所家って。
最初に「前戸主 田所騰次郎 絶家」とあります。「絶家」とは、人が絶えた家と言う意味です。京都の六角獄で斬首されているので、絶家です。その戸籍を継いで、陸軍省武官「田所種實」が戸主になっています。で、もう血脈が絶えまくりなんですが、僕のおじいさん(生まれる前に亡くなった)が、東京職工学校(現在の東京工業大学)を出た「田所末次郎」とあります。戦前の古河電気工業に勤めており、粉炭製造機のエンジニア、機械のギアのエンジニアだったようです。
■Wikipedia/田所重道(騰次郎)
ここの関連項目に「田所寧親」(やすちか)と、「京都霊山護国神社」という記述があるかと思います。京の六角獄で斬首ののち、明治維新以降名誉回復が図られ、今では霊山護国神社に「天誅組 志士の墓」があるので「関係する親族でーす」と名乗って、仏花(この場合、榊?)と線香でもあげて、お祈りしたいな、と思っています。
■Wikipedia/田所寧親(惣次)
さすがにこの方のお墓は、高知県高知市のどこにあるのかわかりません。ただ、このように、土佐勤皇党にいたことだけは間違いはないのですよ。
土地にこだわらず、持ち家にこだわらず、武家屋敷暮らしで、武士だったりエンジニアだったり。このように、田所家は、ある一定の旧家であります。ではでは(・∀・)ノ
パソコンのお医者さん カネはないけど旧家です ネットウイングス 代表 田所憲雄 拝
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