どうも(・∀・)ノ こういうところに所属していたもんですよ。尼崎市東難波町の本社屋が阪神大震災で全壊認定。そこからもうついていない。不運としか言いようがないのです。尼崎市三反田町の新社屋を建てたのがもはや経営体力的に無理でした。これ、おカネかかったんだろうなあ。
こういうものを見栄張って建てちゃったですからなあ。おまけに、営業はITどころか、パソコンの打鍵のしかたも解らない。営業は、1人1台のパソコンがないので、企画書・提案書を書いて、お客様に製品をご提案することも出来ない。もちろんですが、経営企画室や商品企画書、そんなものはありません。総務に株式運用のプロがいて、資産で株式運用して利益のなさをカバー。尼崎市役所が見限ったのを皮切りに、経営がまずい、というウワサが、たちまち広がって、折しも西暦2000年のIT革命に出くわして「じゃあ、印刷は自社で」「弊社のレーザープリンターで出します」という会社が増えたために、また、高コスト構造のために、オフセット輪転機だけが自慢の会社はどうかなっちゃったもんですよ。つまりは、倒産ね。つぶれました。
PS版(輪転機にかけるアルミプレート)1枚だけでも、十数万円かかったもんですよ。CMYK4色そろえると、結構な金額になったものですよ。発注する側からしたら「なんという高価な印刷物だろう」「アスクルプリントにでも乗り換えよう」「そのおカネがあったら、パソコンと複合機をわが社で揃えよう!」ぐらいに考えるもんですよ。印刷物の価値なんて、そんなもんです。しかも、この会社、年功序列がすごくて、若者に給与が回らないものだから、現場のモチベーションはだだ下がりね。ボーナスは、平成6年を最後に見ていません。今もなお、です。
アタマのCPUは、常にリフレッシュ。常に勉強勉強。産業構造の変化に即応して、若者をもっと教育したらいいのに、それが出来ない。僕ね、写研の一寸の巾キーボード(部首と漢字を両手で同時押しして、ようやく漢字1文字を出すような古典的なシステム)と、どでかい電算写植機とのやり取りを、8インチのフロッピーディスクで持って行く姿を見て、思わず、入社早々、卒倒しそうになったもんですよ。僕は、若い女の子に、日本語109キーボードに慣れるように教育したり、ワークステーションが入って来たので(産経新聞社が採用していたようなすごい高価な組版システムですね)UNIX コマンドを教えたりしたものですよ。
時は過ぎ、コロナ禍の現在。ブラウザから、右クリックで、なんでもPDFに出来ちゃう(PDFに印刷出力が出来ちゃう)し、ハンコをなくそう、管理職がハンコをつくためだけに出社したくないので、テレワーク&電子署名でなんとかなっちゃう。会社で、Adobe Acrobat の有料プランのサブスクリプションを使って、全世界的なペーパーレス化のなかで、こちらも電子印鑑的なことが出来ちゃうので、今度は街のハンコ屋さんや、複合機屋さんが大変です。どのみち、阪神印刷株式会社(尼崎市)は、遅かれ早かれ倒産する運命にあったのではないか、と思います。
今日は冬至ですね。少し熱っぽい(寒さで風邪気味)なので、お風呂に入って、温まって、厚手の生地の温かいパジャマを着て、今日はもう18時で用事を終わらせます。風邪薬飲みましたよ。
ではでは(・∀・)ノ
パソコンのお医者さん 切ない、つらい ネットウイングス 代表 田所憲雄 拝
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