電子立国 田所の自叙伝(NetwingsJ)

まあ、近くの普通科高校(千葉県立富里高等学校)を、優秀な成績で(保健室受験で気管支喘息の発作を起こしたため)一浪して、翌年、全県学区の「千葉県立千葉工業高等学校 情報技術科」に入ったもんですよ。八千代松陰高等学校や、東京学館船橋高等学校などが金銭面で困窮しており併願が困難でした。点数的には足りていたんですけどもね。まあ、従兄が日本ユニバック(現:日本ユニシス)のSEでしたので、興味があって、学んでみたいなあ、と思ったのが運の尽き? そこには、現在で言うところの MS-DOS ありますよね。そのサーバー(日本電気製)MS-140というものがホストになっていて、ファイルサーバーになっていたものですよ。1984年に導入されたシステムでしたので。

そして、クライアント機は、同じく日本電気製の N5200 model 05 が、1人1台の環境で入っていたものです。8インチフロッピードライブで、PTOSというOSが動き、FORTRAN 77、COBOL 80、ANSI C言語などをやったもんですよ。ANSI C言語以外はかなーり忘れていますけどね(笑)

もう、こうなると、歴史ですね。それが、教師用コンピュータを介して、40台が 10base-2 のイーサネットで繋がっており、前述の MS-140 ファイルサーバーに蓄積されたものですよ、プログラムがね。1人1つのディレクトリが与えられていました。

一番最初に触ったコンピュータは、Z80搭載の、シャープ製 MZ-2000 でしたよ。

こういうのです。カセットテープでイニシャルプログラムローダーを起動し、その後、BASICカセットテープをロードさせて、初めてプログラムが出来る、と言った代物でした。これで、基礎的な打鍵を覚えていたものですよ。ちなみに、ANK(漢字ではない半角英数)が出たものです。

で、おいらのせいしゅん(笑)がこれ。ナショナル(パナソニック)FS-5000F2 です。これに、日本語MSX-DOS と、漢字ROM を2スロット占有して、パソコン通信に明け暮れたものですよ。今と大して変わらない(笑)

https://www.msx.org/wiki/National_FS-5000 

これだけ半導体がありながら、一切冷却ファンを持たないパソコンも珍しい。このフロッピーディスクドライブが余りにもブーブーやかましいので、毛布をかけて使用してたら、ある日突然画面が真っ暗になって制御不能。武庫元町のパナソニックのお店(北村電気さん)に持って行ったら「パナソニック始まって以来の大故障。ご修理には¥75,000かかりますが」「お断りしまーす」ということで、ゴミにしてもらいました。家には既に、EPSON 98互換機 PC-486P 一式があったのです。

そんなこんなで、お家の事情で、兵庫県尼崎市に帰郷したものですよ。武庫地区ね。で、初めて勤めた宮仕えの会社で、結構いい UNIX ワークステーションを支給していただいたものですよ。人材派遣の同僚の男子とおお揉めに揉めまして、結局乗っ取られましたけどね。そういうところが、いやらしい欲っちいところです。

日本電気製の、EWS4800/220 というやつです。RISC プロセッサで動く、UNIX ワークステーションで、CAD をやっていたものですよ。機械系の、2.5次元 CAD です。会社が、直接大塚商会から購入されたので、どんな名前のCADソフトか覚えていません(・∀・)ノ

http://museum.ipsj.or.jp/computer/work/0011.html 

(尼崎市東難波町の)阪神印刷株式会社に勤め始めたものですよ。尼崎市の集団面接会で、阪神印刷株式会社の人事のおっちゃん(飯田さん)が、誰も来ずに、寂しそうにしていたので、話を聞きに行ったのが運の尽き?(笑)元、スイス菓子エーデルワイスの人事ご担当者で、そこから天下って来た(?)方でした。2020年現在でも、市立伊丹病院(口腔外科)でお会いした時も、腰いた一つなくお元気そうでした(一瞬誰だか分らなかった)そこの(電算)「写植課」に配属になったものですよ。

そこでは、千葉工業高等学校・情報技術科並み、あるいは、それ以上の古典的な「写研サーバー」が8インチフロッピーで動いていたので、時代錯誤感に思わず腰を抜かしたものでしたよ。

こんなの(日本印刷技術協会・JAGAT(じゃがっと))

電算写植システムの開発(その3)

本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。 ■スタンドアロン型全自動写植機の開発 電算写植システムの一層の普及を図るためには、システムの小型化や低価格化が必要になった。その最初が、1972年に発表した新聞社向け本文専用のSAPTON-N12110である。 本文用レンズ1種類、新聞扁平明朝体文字盤1枚を装備し、35mm幅ノンパーフォレイティブ・ロール感材を装填し、印字速度は毎分1,500字だった。前述したように新聞組版用の組版ソフトウェアを内蔵し、編集組版用ミニコンピュータを経由することなく、直接SAPTONにオリジナルテープを入力すれば組版して印字することができるようになり、紙面制作時間を短縮することができた。 1975年に発表した新聞社向け本文専用のSAPTON-NS11では、新聞社向けのSAPCOL-HNをベースにして、共同通信社配信記事体裁の自動判定、問答処理、ダブルパンチ削除、行頭行末禁則処理、株式・相場欄組版、ラジオ・テレビ番組欄、箱組、赤字訂正などの組版処理を可能とするとともに、35mm幅ノンパーフォレイティブ・ロール感材に文字を90°回転して並び替えて印字することで、最大95字詰めの前文も組版処理して印字することを可能とした編集組版ソフトウェアを内蔵した。 また、紙テープさん孔機も装備し、内蔵した編集組版ソフトウェアには全自動活字鋳植機用の組版済み紙テープを出力する機能も持たせ、活版組版から写植組版への移行の橋渡し設備として導入する役割も持たせた。 1977年に発表した新聞社向けSAPTON-NS26D(図9)は、文字サイズが1倍扁平、110正方、1.5倍正方、2倍正方、20Uの5種類、明朝体とゴシック体の2枚の文字円盤(1枚に7,080字収容)、グループ外字(4枚で192字収容)、モノ外字(8字)、紙テープさん孔機を装備した。感材は最大200mm幅までの広幅感材1種類と35mm幅感材を同時装填可能で、印字速度は毎分1,500字であった。 また、この機種から、共同通信社の新たな文字コードCO-77に対応して収容文字数を大幅に増加させるとともに、従来のCO-59コード入力に対応する機能も組み込んだ。内蔵する編集組版ソフトウェアには、案内広告や選挙組版など事

www.jagat.or.jp

しかも、主任なる男が、白衣を着てオペレートしている! なんだこの時代錯誤感満載のコンピュータ環境は!! おら、びっくらたまげて、ある作戦を練ったものですよ。

1)PC9821(Windows 98)+8インチフロッピーディスクドライブを活用して、若い女の子を巻き込んで「一寸の巾式キーボード」から「日本語109キーボード」入力へ移行しよう!!

2)そして、そのうち、産経新聞社も採用した、SONY NEWS Workstation(RISC機×2台、PC-UNIXのカスタマイズ)が、3.5インチフロッピーディスクドライブなので、そちらに移行しよう!!

そう、一計を案じたものでした。はー、これだけでも反感を買い、しんどかったものですよ。なにせわたくしには肩書もなければ、権力もない(笑)老人どもは、わたくしが何がしたいのかよく理解できていなかった。そういう孤独で寂しい思いをしたものですよ。

そうして、鳴り物入りで導入されたのが、Canonsol の Edian Plus をインストールされた、SONY の NEWS Workstation でした。

ちょっと過剰品質じゃないか? と思っていても、当時、Free BSD や、レッドハット Linux などまだ存在しない(存在していたとしても、日本にまだ入って来ていたか、いないかの)時代でした。わたくしの「無言の圧力」みたいな執念が、会社に伝わった瞬間でした。このように、20歳代を、ワークステーション全盛時代で過ごした格好です。それなりの会社改革、業務改革を行った次第です。つまり、皆が打鍵を速くすることで、それまで外注さんにお願いしていた1文字4円の外注費をわたくしが削減した格好になったわけです。そして、会社の女の子が全員、109キーボードを打てることによって、誰でも簡単にワークステーションで組版作業が出来るようになりました(中には、東京にとらばーゆした子もいましたけどね(苦笑))

また、自宅では、タイピング練習用に、キャノワードを揃えたものです(こんなの)

これは中古品の画像ですが、まさに型式、CW-J1C(シアン)でしたねえ。(ANSI の MS-DOS テキストの書き出ししか備えていなかったので)思わず飽きて、営業さんに差し上げましたけどね。前から給紙して、後ろから出す感じの印刷(インクジェットプリンター)でした。当時は、まだまだインクジェットというと、水に濡れたら印字が滲む、などの欠点がありましたが、今ではそんなことはなさそうですね。

(続く)

ではでは(・∀・)ノ
パソコンのお医者さん 原点回帰 ネットウイングス 代表 田所憲雄 拝

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ネットウイングス田所です。キャリア31年目のオジンです(笑)兵庫県尼崎市在住。Microsoft Partner Network に加入中の、パソコンのお医者さん。 県立千葉工業高等学校情報技術科卒。「ITはちょっとね」と仰る方ほどご覧いただきたい。フォローされる方、パソコンの故障でお困りの方は、どうぞお気軽に(・∀・)ノ