教訓から学ぶ 失敗から学ぶ 理念なき経営は行き詰まる(NetwingsJ)

まあ、この社屋を建てるのに、何億円とかかったでしょうね。土地も含めて。1995年、阪神大震災の年の7月に、阪神印刷株式会社(倒産)の新社屋が竣工しました。

あのね、ここに7年半お世話になっていましたよ。確かに旧態依然とした「ぬるま湯体質」でしたね。ISDNで3回線ネットを引いておきながら、それをホームページなり、会社の広報・拡販につなげなかったのも、頭のCPUが古い方だったのでしょうね。電話回線にしか使わなかった。まず、社長さんが、なかなか社長室から出てこない。現場を見ていない、あるいは、統率する気がない。

尼崎市東難波町5丁目の「建て増し、建て増し」の社屋が全壊しましてね、阪神大震災で。例えば、3階の便所の水が1階に漏るだとか、2階の総務部のスチール棚のガラスが全部飛び散ってしまったとかいうような、全社的にひどい有様でした。そこで、尼崎市三反田町に社屋を建て替えた。そんな、建て替えの判断が正しかったのかどうか、意見が分かれるところではありますが、その後、いわゆる「IT革命」が来ちゃったんですね。

PC-PR201系のドットインパクトプリンターを使う会社がなくなったので、まず、連続伝票を使う会社がなくなりました。次いで、オフ輪。一度に2色刷りしかできないので、フルカラー印刷(CMYK4色)一度に刷ろうと思っても、版を差し替えて1ページ刷るのに2倍の工程がかかりました。そして、そのアルミ版(刷版)のコストの高さ。アルミ板1枚作るコスト(発注費用)だけで、約20万円。それだけで、そこそこ良いパソコンと、フルカラー印刷が出来る複合機ぐらい買えちゃうんですよ、よその企業から見ると。

時代に合ってなかったんでしょうね。次いで、名刺類。もうね、モノクロ印刷だと、アスクルで結構簡単にモノクロ/カラー印刷の名刺は発注できちゃうんですよ。WIS-WIG(見たまんまがそのまま印刷)で。そうなると、NEO-AXISでまず印画紙を起こし、それをアルミ板か紙製版に焼いて、軽オフ輪にかける。このこと自体がもう古臭いものになってしまった。巷では、もう、インクジェットプリンタに8面付けの点線で切り取るタイプの名刺用紙が、オフィス用品店で簡単に手に入る時代になっていました。

そして、そうこうしているうちに、間の悪いことに、Windows 2000 が出てきてしまった。小さな事務所のパソコンが、大きな印刷会社の事務処理能力を上回ってしまった。ついに追いつき、追い抜いた。そこで、大きな事務所から、小さな事務所までが、本格的にPC&フルカラー複合機を導入するようになってしまいました。こうなると、阪神印刷株式会社は、やることがない(笑)上に、商品開発をしてこなかったつけが回って、ついに何も売るものがなくなってしまいました。残念。

そして、2000年(平成12年)初春の希望退職者募集(僕はここに応募しました)と、残務整理のための人員(各企業に印刷原版の整理返却のための人員)だけを少し残して、その年の春には、会社がなくなってしまいました。(その後僕は、職業訓練校でパソコンの学び戻しを行いました)

今では、お饅頭工場になったり、さまざまな業種・業態の工場になるものの「阪神印刷株式会社の呪い」なのかどうかは理解できませんが、あまり長続きしないみたいです(用事がないので、三反田町にはあまり立ち寄らないのですが)あれから、この「エメラルドグリーンいろの社屋」は、どうなったのでしょうね。

そんなおっちゃんの、むかしばなし。ではでは(・∀・)ノ

パソコンのお医者さん ネットウイングス 代表 田所憲雄 拝

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